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シンポジウム・『トンボ塾』案内

加藤恭朗先生特別講演会
『高麗郡建郡と古代寺院・東山道武蔵路』

日時:2018年9月13日(木) 13:30〜15:30 (開場13:15)
会場:品川区立中小企業センター(品川区西品川1-28-3)
交通:JR大井町駅乗換え、東急大井町線各停一駅、下神明駅徒歩2分
地図:こちらの地図を参照ください
講師:加藤恭朗先生(元・坂戸市教育委員会・坂戸市立歴史民俗資料館館長)
資料代:2,500円(事前払い) 1週間前〜当日申し込み2,800円(会場徴収)

地図 高麗郡建郡
716年、駿河など7ヶ国に居住していた旧高句麗からの渡来系移民1799人を武蔵国の一部に移し、高麗郡を設置したとされる。初代郡司は高麗若光で、666年に高麗の副使として天智天皇に貢ぎ物を捧げている。 設置時の郡域は現在の日高市と飯能市のそれぞれ一部であり、律令制下では小郡に分類されていた。『倭名類聚抄』には高麗郷(現在の日高市高麗本郷付近)・上総郷(現在の飯能市北東部)の二郷の名が記されている。郷名から高麗郷には旧高句麗の遺民、上総郷には上総国からの移民が配置されたものと考えられている。
勝呂廃寺
これまでの研究から7世紀後半に創建され、9世紀頃までは存続していたと考えられる。坂戸市北東部に寺院が創建される前には、前方後円墳である雷電塚1号墳、胴山古墳、大型円墳の勝呂神社古墳や大型方墳の新山2号墳が連綿とつくられており、勝呂廃寺もこれらの古墳をつくった有力者が創建した寺院と考えられる。
東山武蔵路
7世紀、前方後円墳をシンボルとする古墳時代的な社会から中央集権国家の成立を目指し、日本は激動の時代をむかえる。645年、乙巳の変が起きてから中央集権国家への道が急速に進み、律・令の制定や官道の建設、行政区画(五畿七道)の整備が行われた。古代の武蔵国は「東山道」に所属していたが上野国と下野国を通過する東山道の本道からははずれていた。このため、東山道から南下して武蔵国府(現在の東京都府中市)へ向かう官道が整備された。
この官道を便宜的に「東山道武蔵道」と呼ぶ。

今回の講座では「渡来人」「古墳」「古代寺院」「官道」をテーマに古代武蔵の実像を探ります。


加藤恭朗先生の横顔

 日本大学文理学部卒業。著書に『古代武蔵国入間郡家』(共著)。


お申し込み方法

※無事終了いたしました。多数の方のご参加誠にありがとうございました。