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旅行案内

2015年3月講演会会員旅行
魏志倭人伝の道−対馬国・一支国から末蘆国・伊都国へ−

期間:2015年3月22日(日)〜3月26日(木)=5日間
旅行代金:188,000円
(上対馬2〜4名相部屋、厳原・壱岐2名1室)
旅行出発日の2カ月前までにお申し込み手続きをお済ませの場合(申込書提出、申込金納入終了)旅行費の2%相当額を割引いたします。(日帰り旅行除く)
◎特典周知までの特例として3月出発旅行のみ2月10日まで早期割引特典延長
一人部屋追加料金: 600円(厳原のみ、その他ご相談ください)
食事:全食付
最少催行:8名
定員:15名
添乗員:『トンボの眼』佐々木が福岡空港より同行しお世話いたします。
◆ 各地とも小型バス利用
◆ 締切:2015年2月20日(金) ※ただし満員になり次第締切ります。

※『魏志倭人伝の道』シリーズはNo1「対馬国から一支国・末蘆国・伊都国へ」 No2「狗邪韓国から帯方郡へ」 No3「帯方郡から魏の都・洛陽へ」 番外「邪馬台国を大和に探る」 番外「邪馬台国を九州に探る」の全5コースです。「トンボの眼」の主力シリーズとして5年で3巡する予定で順次発表してまいります。各コース3度巡ってくるチャンスのうち機会ある年度の回にご参加いただきシリーズ終了までに全コース参加いただければ幸いです。


旅程

■ 1日目
※対馬行き航空機が早朝のため接続できず、夕刻、羽田空港(17:00)→全日空ANA265→(18:55)福岡空港で佐々木がお出迎えしホテルへご案内します)。博多市内前泊となります。
(博多市内泊)
■ 2日目
福岡空港(07:50)→全日空ANA4931→(08:25)対馬空港=峰町歴史民族資料館=上対馬町(塔の首遺跡=上対馬町
(上対馬/朝陽上対馬の宿 花海荘泊)
■ 3日目
上対馬町=峰町(ガヤノキ遺跡・チゴノハナ遺跡)=豊玉町(和多都美神社)=厳原(長崎県立歴史民俗博物館)=厳原町
(厳原町/ホテル金石館泊)
■ 4日目
美津島町(出居塚・根曽古墳群)=厳原港(13:15)〜ジェットフォイル(14:25)〜芦辺港=郷ノ浦町(壱岐市立一支国博物館)=岳の辻遺跡=原の辻遺跡=双六古墳=掛木古墳=郷ノ浦
(郷ノ浦/ステラコート・大安閣泊)
■ 5日目
印通寺港(08:20)〜ジェットフォイル〜(10:00)=唐津港=唐津市(奈畑遺跡、双水古墳、桜馬場遺跡)=新町遺跡=志登支石墓群=伊都国歴史博物館=三雲・井原遺跡=平原遺跡=福岡空港(18:00)→全日空266便→(19:40)羽田空港着、解散。

対馬のみどころ

対馬最北端・国境展望台

韓国まで50キロ足らず
韓国まで50キロ足らず

峰町歴史民俗資料館

津軽地方の骨製品や沖縄の貝、朝鮮半島からの品々、鹿笛と呼ばれる鹿をおびき寄せる狩猟具など「魏志倭人伝」の記述を裏付けるような遠隔地との交易を物語る遺物が多く展示されています。

増田山出土の広形銅矛
増田山出土の広形銅矛
峰町歴史民俗資料館展示室
峰町歴史民俗資料館展示室

塔の首遺跡

比田勝港の北東、西泊湾をのぞむ低い岬上にある弥生後期墓地で、箱式石室4基からなります。銅釧、各種玉類、8000個に及ぶガラス小玉、広形銅矛など多数の遺物が棺の内外から発見されました。

ガラス小玉や広形銅矛などが出土した塔の首遺跡
ガラス小玉や広形銅矛などが出土した塔の首遺跡

ガヤノキ遺跡

三根川河口近くの沖積地に突き出た小丘陵上先端部に位置し、箱式石棺と積石塚からなり、出土遺物は金属器を中心として多彩で、弥生時代から古墳時代にかけての対馬の墳墓の特徴をよく備えています。

ガヤノキ古墳のの箱式石室
ガヤノキ古墳のの箱式石室

チゴノハナ遺跡

三根湾に突き出した岬の先端部に位置し、長崎県、九州大学、峰町教育委員会によって調査され、2基の箱式石棺と1基の土坑墓が確認されました。1号石棺の側で長さ43cmの完形の磨製石剣が発見されています。

和多都美神社

浅茅湾入江にある海宮で海幸彦・山幸彦の神話で有名な彦火出見尊(ひこほほでみのみこと)と豊玉姫命(とよたまひめのみこと)を祭っています。海から本殿へ5つの鳥居が連なり、満潮の時は、社殿の近くまで海水が満ち、その様は龍宮を連想させます。また、海神にまつわる玉の井伝説の遺跡跡や満珠瀬、干珠瀬、磯良恵比須の磐座などの旧跡も多く、本殿の後方に二つの岩がありますが、これは夫婦岩と呼ばれ、手前の壇が豊玉姫命の墳墓といわれています。

海の鳥居が美しい和多都美神社
海の鳥居が美しい和多都美神社

根曽古墳群

大正11年 (1922)後藤守一の調査では4基発見され、1948年の東亜考古学会の調査では前方後円墳 3基を含む 5基の古墳が確認された。現在 6基の古墳が確認されている。国史跡には前方後円墳 3基、円墳 2基が指定されている。1号墳からは柳葉形鉄鏃、鉄刀、碧玉製管玉が出土し、 2号墳からは須恵器、土師器、鉄剣などが出土している。

海際にある根曽古墳群の前方後円墳
海際にある根曽古墳群の前方後円墳

長崎県立歴史民俗資料館

大陸との交流を示す考古資料をはじめ、宗家文庫史料など中世から近世にかけての古文書や古記録など、貴重な歴史的文化遺産が数多く保管されています。


壱岐のみどころ

双六古墳

壱岐島のほぼ中央、勝本町立石東触にある全長91メートル、前方部の高さ5m、後円部の高さ10.6m、長崎県下最大の前方後円墳です。1992年に長崎県教育委員会による墳丘・石室の測量調査が行われ、その後1997年から2000年にかけて勝本町により墳丘および石室内の発掘調査が行われました。石室は、南西に開口する巨石を用いた横穴式石室で、玄室・前室・羨道からなる構造で、全長は10.12メートル、遺体が埋葬されたと考えられる玄室は高さが4.28メートルあります。前室が5.6メートルと長く、壱岐の横穴式石室の大きな特色となっています。

長崎県下最大の前方後円墳・双六古墳
長崎県下最大の前方後円墳・双六古墳

掛木古墳

6世紀末〜7世紀前半の築造。円墳で、墳丘の直径は約30m。県下で唯一の「くり抜き式家形石棺」を持つ古墳として有名。大きな石をくり抜いて造ってあり、屋根の形をした蓋も同様の作り方である。

鬼の窟古墳

双六古墳から北東1キロメートルのところにあり、巨石を用いた長大な横穴式石室をもっています。

長大な横穴式石室をもつ鬼の窟古墳
長大な横穴式石室をもつ鬼の窟古墳

岳ノ辻遺跡

原の辻遺跡から約4.4km、標高212.8m、壱岐島で一番高い山で四囲の海や眼下に原の辻遺跡が見渡せます、

原の辻(はるのつじ)遺跡

壱岐島東部・幡鉾川下流の芦辺町深江栄触・深江鶴亀触、および石田町石田西触にかけて存在する弥生時代前期から古墳時代初期にかけての大規模環濠集落を中心とする遺跡です。居跡や墓地が発掘され、貨泉や大量の鉄器等が出土。平成期の大規模発掘調査以後、長崎県教育庁原の辻遺跡調査事務所を中心に調査が継続され、また、現在も調査は継続されています。 1993年(平成5年)の大規模な調査で三重の濠を巡らせた大規模な環濠集落、祭祀建物跡が検出され、また、壕の外西北では船着き場の跡も発掘されました。 環濠集落の規模は東西約350メートル、南北約750メートルです。この東側に、魏志倭人伝に出てくる卑狗と卑奴母離などの役人の家や役所があったと想像されます。壕の外の北、東、東南には墓地が見つかっています。また、遺跡全体の総面積は100ヘクタールにも及ぶ広大なものです。これらの発掘調査結果から1995年(平成7年)に一支国の国都であると特定されました。出土物に大陸系の品が多く、中国鏡、戦国式銅剣、貸泉などの中国の銭貨、トンボ玉、鋳造製品、無文土器、三韓系土器、楽浪系の土器など。後期にはこれらの量が増加しました。また、弥生時代中期の竪穴住居址からは炭化した米、麦が出土しています。島の河川流域の低地では水田が広がり、水稲農耕が行われていました。島には貝塚もあり、シカ、イノシシ、ウマを生時代中期の竪穴住居址からは炭化した米、麦が出土しています。島の河川流域の低地では水田が広がり、水稲農耕が行われていました。島には貝塚もあり、シカ、イノシシ、ウマをはじめ獣骨や魚骨も出土しています。 石器では石斧・片刃石斧・石包丁に一部鉄器を交えるが、後期になると石器はほとんど姿を消し、手斧・鎌・刀子など鉄器が豊富になり、なかには鉄器の原材料と想定できる板状のものがあり、これからさまざまな鉄器を造り出したと見られます。

原の辻遺跡公園
原の辻遺跡公園
上空から見た原の辻遺跡
上空から見た原の辻遺跡

壱岐市立一支国博物館

「魏志倭人伝」の世界の再現をテーマとし、原の辻遺跡出土物の中国鏡、戦国式銅剣、貸泉などの中国の銭貨、トンボ玉、鋳造製品、無文土器、三韓系土器、楽浪系の土器などを展示した博物館です。原の辻遺跡を眼下に見晴らす丘陵上に立つ、モダンで斬新なデザイン、展示にも工夫がこらされた博物館です。

博物館からは原の辻遺跡が一望できる
博物館からは原の辻遺跡が一望できる
原の辻遺跡出土の人面石積
原の辻遺跡出土の人面石積

菜畑遺跡

福岡市博多区にある板付遺跡と共に日本で最初に水稲耕作が行われた遺跡です。弥生時代前期の地層から、大規模な水田が営まれていたことを裏付ける水路、堰、取排水口、木の杭や矢板を用いた畦畔(けいはん)が発掘され魏志倭人伝に出てくる末盧国に因んだ末盧館という資料館が建てられ、この遺跡から出土した炭化米や石包丁、鍬、鎌などの農業用具ほか発掘に関連した資料が展示され、竪穴式住居や水田跡も復元されています。

復元された菜畑遺跡の水田
復元された菜畑遺跡の水田

唐津・福岡のみどころ

新町遺跡

弥生時代早期・前期(約2300年前)の支石墓を含む甕棺墓群が57基発見された。稲作が開始された時期の初めての人骨出土して、人類学、農学史の上でも注目されています。

新町遺跡展示館
新町遺跡展示館

伊都国歴史博物館

伊都国の王都である 三雲井原遺跡のすぐそばに立地。前原市内からの出土遺物をはじめ、伊都国の王墓で ある三雲南小路遺跡や日本最大の鏡で有名な平原遺跡出土品などを公開しています。

平原遺跡出土の内行花文鏡
平原遺跡出土の内行花文鏡
平原遺跡出土の日本最大の銅鏡
平原遺跡出土の日本最大の銅鏡

三雲・井原遺跡・平原遺跡

弥生時代から古墳時代にかけての伊都国の王都であったと推定され、伊都国の王の墓とされる遺跡が三雲南小路遺跡や井原鑓溝遺跡です。な遺跡が含まれる。平原遺跡からは破砕された日本最大の内行花文鏡や方格規矩四神鏡など39面の鏡が出土しました。

平原遺跡1号墓
平原遺跡1号墓

須玖岡本遺跡

春日丘陵上の北側半分に位置する周辺の南北2キロメートル、東西 1キロメートルの範囲の弥生時代中期から後期の大規模な遺跡群(墳丘墓、甕棺墓、青銅器鋳造跡の遺跡等)です。

須玖岡本遺跡出土甕棺
須玖岡本遺跡出土甕棺

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上記の国内旅行は『トンボの眼編集室』が、『トンボの眼講演会会員』向けに企画および旅程を立案し、当編集室が指定する旅行会社に手配を依頼、旅行会社との間で受注型企画旅行契約を締結する受注型企画旅行です。取消料金等の旅行諸条件は、お知らせする手配依頼会社にお問い合わせください。

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『トンボの眼』編集室
〒234-0051 横浜市港南区日野8-16-3-104
TEL:090-1706-6024 FAX:045-846-9781
担当:佐々木 章

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