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旅行案内

シンポジウム『入りの沢遺跡で何が起きたか』聴講と
古代倭国北縁の古墳をめぐる

期間:2015年9月20日(日)〜9月21日(月・祝)=2日間
旅行代金:23,000円(2名1室)
一人部屋追加料金: 1,000円
食事:朝1・昼2・夕1回付
◆ JR仙台駅集合・JRくりこま高原駅解散
◆ 添乗員: JR仙台駅より同行しお世話いたします。

※シンポジウム2日間聴講希望の方は宿泊費7,800円(2名1室・朝・夕食付、一人部屋利用の場合は8,800円) 追加でホテル手配いたします。

旅程

■ 1日目
※交通参考:JR東京駅(08:48)−東北新幹線・やまびこ43号−(10:47)JR仙台駅
(11:00)集合・JR仙台駅=名取市(雷神山古墳・観音塚古墳)=仙台市(遠見塚古墳)=多賀城市(多賀城政庁跡・東北歴史博物館)=古川市(青塚古墳)=栗原市(入の沢遺跡)
(栗原市内・アネックスホテルアベ泊)
■ 2日目
栗原市内…会場へ。
東北学院大学アジア流域文化研究所公開シンポジウム
  古代倭国北縁の軋轢と交流
  栗原市入りの沢遺跡で何が起きたのか 
  10:00〜16:00
  栗原文化会館
栗原市=JRくりこま高原駅、解散。※2日目聴講の方はホテルへ。
※交通参考:JRくりこま高原駅(16:46)−東北新幹線・はやて118号−(18:52)東京駅

入りの沢遺跡で何が起きたか 入りの沢遺跡で何が起きたか

※ クリックすると拡大してご覧になれます。


入の沢遺跡の重要性

 宮城県栗原市入の沢遺跡は、国道4号線築館バイパスエ事に伴い平成26年度に宮城県教育委員会により発掘調査が行われ、これまでに例を見ない重要な遺跡であることが判明しました。

 本遺跡は、平野に面する丘陵頂部に立地する古墳時代前期の集落跡で、丸太を立て並べた塀と大規模な環状の大溝に囲繞されていました。溝の外側に土塁が造られていた痕跡があり、三重の外部施設に守られていた可能性が高く、防御を強く意識した集落と認識できます。このような遺跡は他地域には見られないもので、防御集落が造られた背景には、当地域が「倭」と異なる北方の続縄文文化との境界領域であったことが関係したものと考えられます。

 また、遺跡の大溝の内側には竪穴建物群が密集して建てられており、その多くが火災で焼失しています。そのため、竪穴建物内に置かれていた土器をはじめとする様々な器物が良好に残されており、これまでに銅鏡4面のほか玉類や鉄器等が大量に出土しています。

 これらの遺物は、地域首長墓に相当する古墳の副葬品と共通するものであり、当時の社会において支配者の権威を示す威信財です。これらの遺物が、集落遺跡から大量にまとまって出土した事例はこれまでにありません。

 すなわち、本遺跡は古墳時代の地域首長層の日常的な活動を具体的に復元することができる稀少な遺跡であり、同時に大和政権と北方世界との関係性を考える上で、きわめて重要な位置を占める遺跡なのです。

 このように、入の沢遺跡は日本の国家形成期における地域首長層の動向や北方地域との交流と軋轢を物語るかけがえのない遺跡であり、その学術的価値ははかり知れないものがあります。将来に向けて適切な整備を行えば、防御施設を伴う集落の姿を臨場感をもって後世に伝えられる超一級の歴史資料となることは間違いありません。

 さらに、本遺跡の北側には古代の城柵遺跡である国史跡伊治城跡があり、南西方向には大仏古墳群が存在することは、この地域が一貫して交通の要衝であったことを示しており、これらとあわせて整備と活用を図ることで、南北文化が交錯するダイナミックな周縁史が復元され、日本史を新たな視点から再構成するための拠点となる可能性を有しています。

(「宮城県栗原市入の沢遺跡の保存と活用に関する要望書」より) 


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上記の国内旅行は『トンボの眼編集室』が、『トンボの眼講演会会員』向けに企画および旅程を立案し、当編集室が指定する旅行会社に手配を依頼、旅行会社との間で受注型企画旅行契約を締結する受注型企画旅行です。取消料金等の旅行諸条件は、お知らせする手配依頼会社にお問い合わせください。

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