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旅行案内

【国内旅行】T/オリジナル 岡村道雄先生同行解説旅行
「東北縦断・縄文遺跡の旅」

期間:2017年10月13日(金)〜10月15日(日)=3日間
同行解説:岡村道雄先生(元奈良文化財研究所・奥松島縄文村歴史資料館名誉館長)
旅行代金:73,500円(2名1室、お一人様の料金)
一人部屋追加料金: 1,000円(青森のみ。宮戸島民宿では2名1室・相部屋)
食事:全食事付(朝2回、昼3回、夕2回)
最少催行:12名
定員:20名
添乗員:『トンボの眼』佐々木章が仙台駅より同行します。
◆ 『トンボの眼』編集・作成の資料集を出発時、お渡しいたします。
◆ 中型バス(24名乗り)利用(24名乗り 1シート1名利用)
◆ 2日目、二戸駅より青森駅までの利用となります。
◆ ※列車以外の移動・見学は中型バスとなります※列車手配は各自手配となります。手配の際は全区間を通しでご購入ください。秋季繁忙期のため催行決定後、出来るだけお早目に手配ください。
◆ 集合・解散: JR仙台駅集合・青森駅・新青森駅解散
◆ ※列車手配は各自手配となります。秋季繁忙期のため催行決定後、出来るだけお早目に手配ください。手配の際は全区間を通しでご購入ください。
◆ 締切:9月8日(金) 但し、定員になり次第締め切ります。
◆ 企画:『トンボの眼』
◆ 旅行企画実施:株式会社TABi’Z(タビーズ観光庁長官登録旅行業1906号)

旅程

■ 1日目
(11:00集合・)JR仙台駅 (11:22)−JR仙石線―(11:44)多賀城駅・・・(東北歴史博物館・史跡多賀城)・・・多賀城駅(15:44)−JR仙石線−(16:23)野蒜駅=宮戸島月浜
(民宿山根泊)
■ 2日目
宮戸島(遊覧船で遊覧・里浜貝塚・縄文村歴史資料館)=野蒜駅(10:54)―JR仙石線−(11:51)JR仙台駅(12:17)−東北新幹線・特急はやぶさ15号−(13:29)二戸駅=(貸切バス)=一戸(御所野遺跡)=八戸(是川縄文館) =七戸町(二ツ森貝塚)=青森市内
(ホテルサンルート青森泊)
■ 3日目
青森市内=青森(発掘続く三内丸山遺跡・自遊館・発掘現場・小牧野遺跡)=青森(県郷土資料館)=(16:00頃)青森駅・新青森駅解散。

※当初予定の「津軽半島から北海道南の縄文世界を訪ねる」10月10日(火)〜10月13日(金)=4日間は岡村先同行旅行ができましたので取りやめとなります。ご了承ください。

旅の見どころ

東北歴史博物館

 旧石器時代から近現代まで、東北地方全体を視野に入れた歴史系博物館。総合展示室では旧石器時代から近現代までの東北地方全体の歴史を、時代別の9つのコーナーに分けて展示しています。また詳細展示のコーナーを設け、東北地方の特徴をよく示す3つのテーマについて深く掘り下げた展示を行っています。

史跡多賀城

 多賀城は神亀元年(724)に大野東人(おおののあずまひと)によって創建され、陸奥国府と鎮守府が置かれました。約900メートル四方という広大な城内の中央には、重要な政務や儀式を行う政庁がありました。発掘調査成果をもとに環境整備が行われており、平城宮跡(奈良県)、太宰府跡(福岡県)とともに日本三大史跡に数えられています。

里浜貝塚・縄文村歴史資料館

 宮城県には約210か所の貝塚があり、このうち松島湾沿岸には約70か所もの縄文時代の貝塚が集中しています。里浜貝塚は、松島湾に浮かぶ最大の島「宮戸島」にあり、縄文時代前期(約6800年前)から弥生時代中期にかけての集落跡で、保存状態の良好な貝塚が広範囲に残存し、日本最大級の規模(東西約640m、南北約200m)を持ちます。多数の縄文人骨や、漁具・装身具などの多彩な骨角器が出土することでも知られており、大正時代にはすでに、考古学の基礎的な方法論に基づいた科学的な発掘調査が実施されました。それらの遺物は縄文歴史資料館に展示されています。

奥松島遊覧

 岩手県の猊鼻渓、大分県の耶馬溪と並ぶ日本三大渓の一つ「嵯峨渓」を遊覧します。太平洋の荒波と風雨に浸食されて出来た海蝕崖は松島湾の女性的な景観とは対照的で、その男性的なパノラマは驚きと感動の連続です。所要1時間。

御所野遺跡

 岩手県二戸郡一戸町、岩手県北部の馬淵(まべち)川東岸、標高190m〜200mの河岸段丘に立地する縄文時代中期後半(紀元前2,500年〜紀元前2,000年頃)の大規模集落遺跡です。中央の広場に配石遺構を伴う墓地が造られ、それを囲んで竪穴建物跡、掘立柱建物跡、祭祀に伴う盛土遺構などが分布し、さらにその外側の東、西にも竪穴建物跡が密集するという集落構造が明らかになっています。御所野遺跡は、当時の人々が長期間にわたって安定した定住生活を示す具体的な物証であり、周辺の自然環境と共存しながら一体となった計画的土地利用を段階的に跡付けることができる顕著な事例です。

是川石器時代遺跡・是川縄文館

 八戸市を北流する新井田川左岸の標高10〜44mの台地上に立地する遺跡で堀田遺跡(縄文時代中期)、一王寺遺跡(縄文時代前〜中期)、中居遺跡(縄文時代晩期)があります。これらの遺跡からは、居住域、墓域、加工場、捨て場、祭祀場など多様な遺構が見つかっています。ことに中居遺跡の低湿地では捨て場が検出されました。捨て場には、トチやクルミといった木の実の殻をはじめ、獣骨や魚骨、貝類など多様な食料残滓が含まれています。特にトチの殻が大量に出土しており、通常では腐って残らない、漆器やヤスなど植物質の道具が出土したほか、トチのアク抜きをするための水さらし場も見つかっています。集落やその周辺は、縄文人により有用植物を中心に管理され、人工林から里山を経て狩場である自然林へと繋がるような、同心円状の人為的な生態系を作り出して自然と共生していたと考えられます。是川縄文館には、2009年に国宝に指定された『合掌土偶』をはじめ、八戸市各地の遺跡で発掘された縄文時代の土器や漆器などが多数展示されています。

二ツ森貝塚

 青森県東部、太平洋岸の小川原湖西岸の標高約30mの台地に立地し、縄文時代前期前葉から縄文時代中期末葉(紀元前3,500年〜紀元前2,000年頃)の大規模な貝塚を伴う集落遺跡で、その広さは約30haにも及びます。貝塚は、この時期としては東北地方有数の規模を誇り、当時の環境変動や生業に加え、長期間にわたる定住と集落構造の実態を示す重要な遺跡です。二ツ森貝塚は「史跡公園」として保存されています。

三内丸山遺跡・自遊館

 青森市南西部の八甲田山系からのびる緩やかな丘陵の先端部、沖館川左岸の標高約20mの海岸段丘上に立地しています。縄文時代前期中頃から中期末(紀元前3,000年〜紀元前2,200年頃)の、我が国を代表する大規模な集落遺跡でいまさら説明するまでもありませんが、発掘調査は継続されていて、今回の旅行ではまさにその発掘現場を見学することに主眼を置いています。三内丸山はとても一度や二度で見た、ということにはなりません。また、日本で最多となる土偶約2,000点の出土に加え、低地からの食生活や環境を示す動植物遺存体、木製品、骨角器、編籠、漆製品などの有機質遺物、さらに、ヒスイや遠隔地産の黒曜石、アスファルトなどの交易品も多数出土しており自由館で、じっくりと鑑賞いただければと思っています。

小牧野遺跡縄文の学び舎・小牧野館

 青森市南東部、八甲田山西麓に広がる荒川と入内川に挟まれた、青森平野を一望できる標高80〜160mの舌状台地上に立地する、縄文時代後期前葉(紀元前2,000年頃)の環状列石です。環状列石は、三重の環を描くように配置され、さらにその周りを囲むように直径4m前後の環状配石や一部四重となる列石などが配置されており、全体では直径55mにものぼります。環状列石の内帯や外帯は、平らな石を縦横に繰り返し、あたかも石垣を築くように並べられています。この縦横交互の列石は全国的にも珍しく、“小牧野式”配列(配石)とも呼ばれています。「縄文の学び舎・小牧野館」は、出土品の展示や保管、遺跡に関する情報発信など小牧野遺跡の保護の拠点となる施設です。

青森県立郷土館

 旧石器時代〜弥生時代までを扱っています。旧石器時代から縄文時代への移行を考える上で重要な位置を占める大平山元遺跡、本県に花開いた縄文文化のなかでも重要な遺跡である亀ヶ岡遺跡、三内丸山遺跡、稲作の伝播を考える上で重要な砂沢遺跡(弘前市)、垂柳遺跡(田舎館村)など県内各地の遺跡・出土品、蝦夷、北方世界との関係、世界遺産「白神山地」などの動植物など幅広く紹介しています。

二つ森貝塚 復元竪穴住居
二つ森貝塚 復元竪穴住居
嵯峨渓
嵯峨渓
御所野遺跡
御所野遺跡
八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館
八戸市埋蔵文化財センター是川縄文館
三内丸山大型掘立柱建物
三内丸山大型掘立柱建物
小牧野 環状列石
小牧野 環状列石

※資料請求受付は終了いたしました。