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旅行案内

2019年春季・『熊本県内装飾古墳一斉公開』参観の旅
熊本・福岡の装飾古墳をめぐる

 全国に約600基ある装飾古墳のうち、熊本県にはその3割の187基、福岡県には1割の60数基があり両県は装飾古墳の宝庫といえます。両県内の代表的なチブサン古墳や日の岡古墳、珍敷塚古墳などや崖面に浮き彫りされた横穴墓群・大村横穴郡などを訪ねます。また銀象嵌(ぎんぞうがん)銘をもつ大刀が出土した江田船山古墳、古代山城・鞠智城なども見どころです。菊池温泉、球磨川河畔の人吉といった風情ある温泉が疲れを癒してくれます。

期間:2019年3月22日(金)〜3月24日(日)=3日間
旅行代金:128,000円(2名1室・お二人参加の場合のお一人様料金)
★早期申込み旅行代金:126,000円
※1月18日(金)までにお申し込み手続き(申込書の提出、申込金の納入)をお済ませの場合に適用となります。
一人部屋追加料金: 11,000円(お一人様参加の場合の追加料金)
食事:全食付
最少催行:10名
定員:24名
添乗員:羽田空港より『トンボの眼』佐々木章が同行いたします。
◆ 羽田空港発着
◆ 利用航空会社:日本航空(JL)、全日空(NH)など。
◆ 宿泊予定ホテル
◆ 『菊地温泉』・・・菊地グランドホテルまたは葵国際観光ホテル
◆ 『人吉温泉』・・・ホテルサン人吉または鍋屋旅館、ホテル朝陽館など同等クラスホテル。
◆ 企画:『トンボの眼』編集室
◆ 旅行主催/企画・実施:株式会社タビーズ(観光庁長官登録旅行業1906号)

旅程

■ 1日目
羽田空港(09:00)→ANA245→(10:55)福岡空港=月隅JCT=九州自動車道・大分自動車道=朝倉IC=福岡県うきは市・吉井歴史民俗資料館・日の岡古墳・珍敷塚古墳=久留米IC=九州自動車道=菊水IC=熊本県立装飾古墳館・横山古墳=鞠池城=鍋田横穴群=菊池温泉
(菊池温泉泊)
■ 2日目
菊池温泉=山鹿市・山鹿市立博物館・チブサン・オブサン古墳=玉名・大坊古墳・永安寺東古墳=菊水IC=九州自動車道=八代IC=八代市・田川内1号墳=八代IC=人吉IC=錦町・弁慶ケ穴古墳=人吉市・京ケ峰・大村横穴群=人吉温泉
(人吉温泉泊)
■ 3日目
人吉温泉=人吉城跡・青井阿蘇神社=人吉IC=九州自動車道=八代IC=宇城市・宇賀岳古墳=熊本市・石之宮古墳=御船IC=九州自動車道=菊水IC=和水町・江田船山古墳・塚坊主古墳・虚空蔵古墳=菊水IC=九州自動車道=月隅JCT=福岡空港(18:00)→ANA266→(19:40)羽田空港・解散。

※2019年年春季「熊本県内装飾古墳一斉公開」の日時、公開古墳の詳細は2月頃に発表されます。公開古墳では専門家の現地解説が有ります。公開の古墳は10基前後で、詳細決定次第見学旅程に組み込みますが順路を一部変更することがございます。あらかじめご了承ください。

装飾古墳とは

 古墳内部の石室や石棺、あるいは横穴墓の壁面に彩色や浮彫、線刻を施したものを装飾古墳と呼ぶれています。こうした装飾を施す古墳は4世紀から出現し、横穴式石室が盛んに造られた5世紀から7世紀にかけて、九州北部を中心にひろがりました。装飾古墳の定義が、研究者によって違うため、正確な数を集計するのは難しいのですが、平成19年5月現在、国内の装飾古墳総数は657基を数え、九州では367基と全国の半数以上が集中しています(熊本県立装飾古墳館による)。また熊本県内の装飾古墳は196基と全国で最も多く、特に菊池川流域には装飾古墳が数多く集中し、117基が確認されています。全国第2位の数を誇る福岡県内の装飾古墳は71基を数えることから、菊池川流域にいかに集中しているかが判ります。
 初期の装飾古墳は石棺の外側や内側に、円文などの装飾を施していました。やがて、正方形の形をした石室の四方に石障(せきしょう)と呼ばれる板石を組み、そこに文様を刻み、色を塗るようになります。この装飾古墳は「石障系」と呼ばれ、熊本の装飾古墳の特長のひとつとして分類されています。
 そして、この石障に代わって、石屋形(いしやかた)と呼ばれる、開かれた棺が採用され始めると、石屋形に線刻を施したり、彩色で文様が描かれるようになり、次第に石室の壁全体に装飾が広がるようになります。これらの装飾古墳は「壁画系」と呼ばれ、菊池川流域と福岡県を中心に全国で見られるようになります。
 また、石棺の蓋に、浮彫や線刻と彩色を施すものも見られます。これらは「石棺系」と呼ばれ、直弧文(ちょっこもん)や円文など様々装飾が施されています。
 更に、阿蘇溶結凝灰岩など、軟らかい岩肌に穴を穿つ横穴墓(おうけつぼ)の内外にも、線刻や彩色などの装飾が施されます。この装飾古墳は「横穴系」と呼ばれ、熊本県内の実に6割がこの横穴系の装飾古墳で占められます。
 熊本県内、特に菊池流域に装飾古墳が集中する理由のひとつは、約9万年の阿蘇山の噴火時に火山性噴出物が堆積してできた阿蘇溶結凝灰岩(Aso−4)が豊富にあることと推察されます。
 阿蘇溶結凝灰岩には、様々な硬さの石材があり、装飾古墳には程よい硬さの石材を選び、使用されたことが判っています。また、石材表面は多穴質であることから、塗られた顔料が染め込み、1500年経過した現在も鮮やかな彩色が残っていると考えられます。

(熊本県装飾古墳館常設展示図録「黄泉の国の彩り」より)

旅の見どころ

熊本県立装飾古墳館

熊本県内の主要な装飾古墳のうち12基を選び、これらの精密なレプリカを作り、出土した副葬品などとともに展示しています。保存のため閉鎖されている古墳もあり必見です。

山鹿市立博物館

菊池川流域より出土した考古資料を中心に展示。とくに、弥生時代の国指定史跡方保田東原遺跡と古墳時代の装飾古墳などから出土した遺物を主体として展示。全国に唯一の石包丁形鉄器や、30数例しかない巴形銅器など大変貴重な資料がみどころです。

オブサン古墳

奥室屍床を画する仕切り石に赤彩の連続三角文。奥壁にもかろうじて赤彩の小型の靭もしくは盾。現在は痕跡程度になり肉眼では判読できない。奥室には装飾豊かな壁画が描かれていた可能性が高い。

チブサン古墳

古墳時代6世紀頃に造られたもの。石室内の石屋形(いしやかた)内壁と屋根の軒部前面に装飾文が描かれている。内側石の上段に白の円文7個、下段に冠をつけ両手、両足を広げた人物像とその右に三角文を白色で、その他は赤色で塗っている。正面の側石に三角文・菱形文を主体に正面中央に円文を描き、赤・白・青の三色で塗り分けてある。 特に、中央に描かれている装飾の紋様が女性の乳房に似ていることから、「乳の神様」(別称)として現在に至るまで崇められている。

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乳房に似た文様のチブサン古墳

鍋田横穴群

古墳時代後期に作られた群集墓。鍋田には阿蘇大噴火でできた溶岩(阿蘇凝結熔解岩)が露頭している場所があり、古墳時代の人々はここに横方向の穴を掘って墓とした。鍋田第27号横穴慕の左外壁には、人物、弓、盾、馬、靫(ゆぎ;矢の入れ物)などが浮き彫りされている。

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人物、弓、盾、馬、靫などが浮き彫りされた鍋田横穴群27号横穴慕

弁慶ケ穴古墳

古墳時代後期の装飾古墳。巨大な凝灰岩を用いた前室・後室の複数の横穴式石室を設けている。石室入口に人物の彫刻があるほか、前室右壁には赤色でゴンドラ型の船を上下に二艘描き、そのひとつには馬を、もうひとつには荷物とその上に鳥が乗っている様子を描いている。この荷物を柩と見ることにより、舟葬思想(死後の世界を海の彼方にあると考え、遺体を舟に乗せて葬るという考え)を裏付けるものとして注目されている。他にも大小5頭の馬と鞭らしき物を持った人物像、同心円、三角文などを主に赤色の彩色を用いて描く。彩色の褪色が著しいため見学は厳しく制限されているが、熊本県立装飾古墳館に実物大の模型が展示されている。

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舟葬思想を表現する弁慶ケ穴古墳の壁画

袈裟尾高塚古墳

墳丘は径24.5m、高さ4.7mの円墳であり、菊池で唯一の装飾古墳。内部は南南西の方向に、羨門を持つ横穴式石室で、前室と玄室に分かれており、全長は約7.22mとなっている。凝灰岩の巨石を壁石とし、その上に切り石を積み上げて天井石を乗せている。玄室の左右に屍床、奥に石屋形がある。その奥壁に、線刻で「靫(ゆぎ)」を二つと三角文を配した装飾がある。また玄門や側壁に赤・白色の顔料による彩色が残存する部分が認められる。玄門のまぐさ石の上面にも靫の浮彫りが発見された。副葬品として翡翠勾玉、硝子玉・金環などの装身具や刀子・鉄鏃・轡や須恵器が出土している。

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菊池で唯一の装飾古墳、袈裟尾高塚古墳

鞠智城

663年の「白村江の戦い」で唐・新羅の連合軍に大敗した大和政権が日本列島への侵攻に備え西日本各地に築いた山城の一つで、九州を統治していた大宰府やそれを守るための大野城・基肄(きい)城に武器・食糧を補給する支援基地であった。周囲の長さ3.5km、面積55haの規模をもち、発掘調査により、八角形建物跡をはじめとする72棟の建物跡や、貯水池跡、土塁跡など、当時の姿を物語る貴重な遺構が相次いで発見され八角形鼓楼、米倉、兵舎などが復元され歴史公園となっている。

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八角形鼓楼などの建物が復元された歴史公園・鞠智城

大村横穴群

球磨川の北にある村山台地の南側崖面にある。崖面の約800mの間に東西2群に分かれて27基の横穴がある。古墳時代後期のものでこの中の8基の横穴の外面には動物、武器、武具、幾何学文様(円文・三角門等)の装飾がある。

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崖面800mに渡って2群、27基の横穴墓がある大村横穴群

京ケ峰横穴群

球磨川に臨む阿蘇熔岩の断崖に地点を異にして5基が開口する。第一号横穴の右外壁には大小二個の精巧な靫を、第2号横穴の右外壁には大小二個の盾と剣の浮き彫りが残っている。を浮 ...横穴5。1号・2号横穴の外壁に、浮彫りによる装飾を施し、彩色されている。

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精巧な靫などの武具の浮き彫りが残る京ケ峰横穴群

大坊古墳

菊池川左岸の玉名平野をのぞむ丘陵の先端に位置する古墳時代後期の前方後円墳。後円部には前室と奥室とからなる複室と呼ばれる構造の横穴式石室を持つ。装飾はこの石室の第一、第二羨門の両支柱と奥室の石屋形と呼ばれる大型の石棺状のものに朱と群青を使って施されており、特に石屋形には5段に並べられた多数の連続三角文と、その中に数個の円文を描く。 出土遺物は金製の耳飾りや真珠、玉類などの装身具、大刀や鉄鏃などの鉄器、鉄製の馬具類、土器など数百点にものぼる。一部が玉名市立歴史博物館に展示してある。

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連続三角文、円文が装飾された大坊古墳

永安寺東古墳・西古墳

永安寺東古墳は、菊池川右岸の玉名平野を南に望む丘陵裾部に位置し、石室構造から6世紀中頃のもので、同じ丘陵上にある大坊古墳に後続する円墳と考えられる。内部主体は、羨道・前室・玄室からなる横穴式石室で、玄室は長さ2.6m、幅2.4m、高さが2.7mあり、奥壁に沿って石屋形が設けられてる。前室は現存部分の長さ約1.6m、幅2.3m、高さが1.6mあり、左右側壁と玄門の前面に装飾模様が施されている。永安寺西古墳は、東古墳の西約60mの同じ丘陵上に位置し、墳丘は直径約12m、高さ約4mの古墳時代後期の円墳。古墳で東古墳に後続するものと考えらる。内部主体は複室の横穴式石室で、玄室は長さ3.4m、幅2.8m、高さが3mあり、装飾模様は奥壁と両側壁の巨石にみられ、横線で区画した中に線刻した円文が上下3段並び、奥壁に15個、右側壁に16個、左側壁に12個みられます。

百貫穴観音横穴

阿蘇溶粘凝灰岩面に大小5基の横穴墓が造られており、2号墓の内部に千手観音が彫られていることから石貫穴観音横穴と呼ばれている。1から5号墓の横穴入口の縁部分には赤などの顔料で彩られている。

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百貫穴観音横穴2号墓内部に掘られた千手観音は今も地元の人々の信仰の対象である

江田船山古墳

清原(せいばる)古墳群の中で最古・最大の古墳で、日本最古の本格的記録文書である75文字の銀象嵌(ぎんぞうがん)銘をもつ大刀が出土したことで著名である。古墳の周りには、短甲を着けた武人の石人が配置されている。このような古墳の周りに石人・石馬を配置するという独特の型式は、石人山古墳[4]に始まり、6世紀前葉の岩戸山古墳で最盛期を迎え、以後、消滅する。この岩戸山古墳が527〜8年にヤマト王権(継体朝)と闘って敗北した筑紫君磐井の墓であると目されている。江田船山古墳も筑紫君一族の配下に連なって地域の中首長の墓であったことが想像できる。なお、最近の研究では、この古墳の被葬者は3名であると考えられている。

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銀象嵌銘をもつ大刀が出土した江田船山古墳
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江田船山古墳横口式家形石棺

日の岡古墳・月岡古墳

日の岡古墳は若宮八幡宮境内にある全長80メートルの前方後円墳。頂上は削平されており、南西のくびれ部に開く単室横穴式石室がある。1887年(明治20)に発掘され羨門(せんもん)を閉鎖した。現在は天井部から出入している。石室は胴張りを有し、通路まで加えて全長5.1メートル。玄室の長さ4メートル、同最大幅2.7メートルを測る。安山岩割石積みの壁面から天井にかけて同心円文と三角文を主体とする彩色壁画が描かれており、赤、緑、白の三色が使用されている。奥壁には、三色による同心円文6個が上下二段に配置される。左右壁には、盾(たて)、靫(ゆき)、刀、獣、魚などがみられる。6世紀前半から中ごろに相当する、筑後地方の代表的装飾古墳である。1887年、坪井正五郎(つぼいしょうごろう)によって紹介された。同じ境内にある月岡古墳も全長95mの前方後円墳で後円部から江戸時代に長持形石棺が出土、現在、お宮の建物の床下にほかんされており見学することができる。また盗掘されずに出土した金銅製武具や鉄器、鏡なども展示されている。

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櫂を持つ人物、靫や蕨手文・ヒキガエル、鳥などを乗せた
船や太陽をあらわすような同心円文が描かれた日の岡古墳
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社殿下に保管されている
月岡古墳出土の長持形石棺
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月岡古墳出土の甲冑

珍敷塚古墳

墳丘は残っておらず、奥壁の絵は、赤と青の顔料を使い、岩の地肌を利用して3色の色合いで構成されている。まず、太い線を横に4段描き、その上に弓矢が入った靫を3個、大きく中央に配置し、左と中央の靫の間には大きなワラビ手文様が描かれている。靫の左側上には同心円文、その下にはゴンドラ形の船があり、右側が船首で舳先には鳥が止まっており、帆のようなものも見える。冠をかぶった人物が櫂を持っており、靫の右側上には盾もしくは弓を持った人物が立っている。その下には月に住む動物と言われる2匹の蟾蜍(センジョ ヒキガエルの意)が描かれている。この古墳の壁画には線だけでなく、点を多用していることも特徴のひとつである。

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珍敷塚古墳の装飾壁画

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旅行内容詳細明記のパンフレットをご用意しております。ご請求、ご検討のうえ、お気軽にご参加ください。

 〒234-0051 横浜市港南区日野8-16-3-104
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 担当 : 佐々木 章


上記の旅行は『トンボの眼編集室』が旅行プランを企画し、株式会社タビーズ(観光庁長官旅行業1906号))が旅行企画・実施する募集型企画旅行です。お客様は株式会社タビーズと募集型企画旅行契約(以下旅行契約)を締結することになります。取消料金等の旅行諸条件は、旅行取扱会社にお問い合わせください。旅行の取扱はタビーズの受託販売会社・株式会社三進トラベルサービス(東京都知事登録旅行業第3−6204号)が行います。旅行業法に則り、旅行の (交通・宿泊等の手配・旅費の授受・出発の案内など)の業務は取扱会社が行います。

『トンボの眼』では、講座担当講師による講師同行旅行、同行講師は付きませんが『トンボの眼』ならではのオリジナル旅行など歴史・考古学にテーマを特化した旅行を企画してまいります。ご愛顧のほどお願いいたします。