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地域再生・地域振興

『文化財保護 まちづくりと表裏一体に』
(朝日新聞記事・記者有論/編修委員 中村俊介)を読んで

『トンボの眼』佐々木 章

 今、ホームページで全国の伝統的建造物群の写真を掲載していますが、ちょっとここらで「まちづくり」ということに関して私が思っていることをお知らせしたいと思います。私は滋賀県彦根市という地方都市出身です。ご存知の方もいらっしゃると思いますが、彦根は井伊家(幕末の大老・井伊直弼はご存知でしょう)35万石の城下町です。
 高校を卒業まではそこで暮らし、東京に出てきました。大学をでてから大阪勤務10年の後は東京勤務、横浜暮らし。定年後の今も横浜に暮らしています。息子や孫がやはり横浜におり、老後を故郷で過ごすという気持ちも薄れつつあります。
 でも時折、故郷を思うことがあります。
 果たして故郷を後にしてからあの町はよくなったのだろうかと。
答えは微妙です。よくなった事は評価するとして悪くなったことも気にかかります。
その悪くなった面のトップは病院の郊外移転、大型店舗が郊外に出来て、街中の商店が振るわなくなったこと。新築の家並みがならびまちの個性が失われていくこと…町の中心街の寂れが目立ちます。いわゆるドーナツ現象化が進んだことです。かつての町の中心街に行くと、銀座街といわれた商店街も活気がありません。また路地に入ると歯が抜けたように空き地があちこちに見られます。それでも外部から観光に訪れる人は"いい街ですね"と言ってはくれます。それは観光ルートが城下町らしいいいところだけしか見られない仕組みになっているからです。そこで育った記憶のある私などは"いや、昔はもっとよかったのですが"と言いたくなるものです。

 手元に「まちづくり」に関して興味を引いた新聞記事のスクラップがあります(『朝日新聞・記者有論/編修委員 中村俊介「文化財保護 まちづくりと表裏一体に』)。それによると菅原道真をまつる天満宮がある歴史のまち、福岡県太宰府市に『市民遺産』というものがあるそうだ。市民遺産は条例に基づいて、有形無形を問わず、路傍のほこら、祭り、風習、工芸、それに懐かしい町並みや日常の風景だって「これぞ」と思うものを何でも市民が提案して景観・市民遺産会議によって認定されたものです。初年度には後継者不足が危ぶまれる特産の「木鷽(きうそ)」やかつての山奥の通学路など4件が認定されたそうだ。全国区の大宰府史跡や天満宮に比べれば、はるかにローカルだが、それらは大宰府にとってかけがえのない宝でもあることに市民が気づいたといえます。
 「身の回りの遺産が猛烈な勢いでなくなっている。行政まかせでなく市民が守る仕組みを考えた」とは市民遺産のシステムづくりに関わった北海道大観光学高等研究センターの西山徳明教授の弁です。
 市民遺産は消滅しつつある伝統の技や生業への後押しにもなだろうし、身近な遺産が再発見されれば、地域の誇りやアイデンティティーにもつながる。由緒のある建物などを「点」でとらえていたのが、周辺環境や人々の活動を含んだ「面」で捉える。総合的な視点が強調され、面で考えることで文化財の保護とまちづくりは表裏一体化する。地元への愛着は豊かな住環境を育て、文化財の保護がまちづくりとなっていく。

 新たな市民遺産がふえていくことを願っている。
 伝統的建造物群紹介はまずはその一歩です。

木鷽…太宰府天満宮をはじめとする全国の天満宮で鷽替えなどに用いられる木製の人形のことです。
鷽替え…主に菅原道真を祭神とする神社(天満宮)において行われる神事である。鷽(ウソ)が嘘(うそ)に通じることから、前年にあった災厄・凶事などを嘘とし、本年は吉となることを祈念して行われる

木うそ展

www.市民遺産.jp

認定太宰府市民遺産
第1号「太宰府の木うそ」提案団体:太宰府木うそ保存会認定太宰府市民遺産のご紹介
第2号「八朔(はっさく)の千燈明(せんとうみょう)」
第3号「かつてあった道「四王寺山の太宰府町道」
第4号「芸術家 冨永朝堂(とみながちょうどう)」
第5号「万葉集つくし歌壇」」
第6号「太宰府における時の記念日の行事」