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美術館・博物館案内

『佐久間象山と横浜―海防、開港、そして人間・象山−』

会場:横浜市歴史博物館
期間:2014年5月31日(土)〜7月6日(日)
休館:毎週月曜日(6月2日は開館)

佐久間象山(1811〜1864)は、信州(長野県)松代(まつしろ)藩の藩士で、学者、思想家です。
 嘉永7年(安政元、1854)、ペリーが横浜に来航すると、松代藩は横浜応接所の警備を命じられます。この時象山も「軍議役(ぐんぎやく)」として横浜に出張します。象山は儒教や儒教や蘭学、砲術などさまざまな学問に通じ、地震予知器や電気治療器を発明したり、オランダ語辞書の出版を計画したりしました。また松代藩主真田幸貫(ゆきつら)が海防掛(海岸防衛担当)老中となると、その命を受けて海外事情を研究し、海防の充実などを積極的に主張しました。その一方文人でもあり、漢詩や書の作品も数多く残っています。

 このように多才な象山のもとには多くの門人たちが集い、砲術や儒学を学びました。江戸で開いた塾には吉田松陰や勝海舟、山本覚馬といった人々も通いました。安政元年(1854)、象山は吉田松陰に海外への密航をすすめたとして捕らえられ、松代で謹慎生活を送ることになりますが、その住まいには高杉晋作なども密かに訪れたそうです。

 謹慎は文久2年(1862)に解かれ、元治元年(1864)三月には、幕府の命令で上洛します。京都での象山は、有力な公家たちや一橋慶喜などに面会し、公武合体や開国を主張しました。しかし、こうした主張や行動のために象山は攘夷派から狙われ、ついに同年七月十一日、三条木屋町筋で襲撃され、命を落としてしまうのです。
(横浜市歴史博物館NEWS36、特別展 佐久間象山と横浜に寄せて小林紀子 より抜粋)

耳より情報
6月13日にウォーキングツアー「開港場から神奈川台場まで象山ゆかりの地を歩く」講師:西川武臣開港資料館副館長があります。詳細はチラシ。※早速、申込みハガキ出しました。

「佐久間象山と横浜―海防、開港、そして人間・象山−」 チラシ1 「佐久間象山と横浜―海防、開港、そして人間・象山−」 チラシ2